長崎地方裁判所 昭和24年(行)47号 判決
原告 御所倉吉
被告 長崎県
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、請求の趣旨
原告訴訟代理人は、被告が昭和二十四年九月二十八日原告に対してした解雇処分は無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求めた。
三、事 実
原告は昭和十五年六月二十八日、修理工として長崎縣公共事業部に傭われ、同二十四年七月二十九日、同事業部從業員労働組合の組合長に就任し、毎月基本給五千六百円、家族手当二千円、勤務地手当千五百二十円、合計九千百二十円の給與をうけていたものであるが、被告は昭和二十四年九月二十八日これを解雇処分に付した。然しながら右解雇処分には、
(一) 不当に長崎縣職員定数條例を適用した違法がある。即ち被告は、同年九月十日施行された右定数條例による過員として、原告を解雇したのであるが、既に同年八月の長崎縣議会で、知事杉山宗次郎は右條例案の説明をするに当り、公共事業部現業職員については事業拡張に対処するため、右條例の適用による減員をしない旨の公約をしているから、現業職員である原告に対して右條例の適用はない訳であり、又一歩を讓つて現業職員に右條例の適用があると仮定しても、條例の定数に対する縣職員の過員は四十名であつたのに対し、條例による整理期間中に、原告を除く四十名の職員が已に解雇処分をうけているから、原告を過員として扱う根拠が存在せず、何れにしても本件解雇処分が違法であることは疑を容れない。
(二) 仮に右の主張が理由がないとしても縣職員の身分保証を無視した違法があり、且つ公共事業部長と從業員労働組合長との間で定めた公約に違反した違法がある。即ち地方公務員である縣職員については、それが吏員であると雇傭人であるとを問わず、正当の事由がなくては、その意に反して解雇されないとする身分保障があることは、昭和二十三年政令第二百一号第一條の趣旨によつて明白であるが、本件解雇は何等正当の事由に基かずにされたものであるから、まさに右法條の趣旨に反する違法の処分というべきである。のみならず、昭和二十四年八月公共事業部長佐藤重光と從業員労働組合長である原告との間で、從業員の任免については決定前組合員の意見を参考とする旨の公約が結ばれているにも拘わらず、本件解雇について、被告は組合員の意見を徴する手続をとつていないから、この点においても違法を免れないものである。
要するに本件解雇は、何等解雇事由がないのに定数條例の施行に便乘してされた違法の処分であり、当然無効というべきであるから、原告はその無効確認を求めるため本訴請求に及んだと陳述し、被告の抗弁事実に対し、原告が自動車修理を職務としていたこと、及び知事宛に書面を提出して、中垣業務課長の更迭を要望したことは、何れも之を認めるが、その余の事実はすべて否認すると述べ、再抗弁として、中垣課長については、その赴任以來公共事業部の職員の間で、同課長が行政的手腕に欠けているため、職員の努力が一向実を結ばないとの不満が潜在していたが、昭和二十四年三月頃から之が表面化し、職員は大野総務、小柳経理両課長を通じて屡々佐藤事業部長に対し、業務課長の更迭を要望してきたのである。しかし同部長はその都度、ただ善処する旨回答するばかりで、右要望を実現させる気配も見せなかつたから、原告は同年七月二十九日組合長に就任すると、直ちに組合各支部職場大会の開催を求め、業務課長問題についての組合員の意見を調査したところ、結局事業部の事業不振は中垣課長の無爲無策に由來するから、即刻業務課長の更迭を求めるべきであるとの要望に帰一したので、原告は組合の他の幹部と共に、その要望を実現するため、前述の行動に出たものである。
從つて原告の右の行動は、労働組合の正当な行爲であるから、もし本件解雇が之を理由とするのであれば、それは明らかに不当労働行爲を構成し、違法処分であること言うまでもないと述べた。(立証省略)
被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張事実の内、冐頭の、原告がその主張の各日に長崎縣公共事業部に修理工として傭われ、且つ、從業員労働組合の組合長に就任し、毎月その主張金額の支給を受け、その主張の日に被告から解雇されたとの事実は、何れも之を認める。然し、原告主張の(一)の事実については、長崎縣職員定数條例の定数に対する縣職員の過員が四十名であつたこと、及び右條例による整理期間中に四十名の職員が解雇されたことは認めるが、原告に対する解雇が右條例の適用によるということ、並びに解雇された右四十名中に原告が含まれていないということは、何れも否認する。尚、知事が縣議会で右條例案を説明するに際し、現業職員は之を削減しないと言明したことはあるが、その言明は、公共事業部は現在定員不足であるから、今回はその定数を減じないとの趣旨に過ぎず、原告或いはその他の現業職員に定数條例を適用せず、或は之を解雇しないとの公約ではない。又、(二)の事実については、昭和二十四年八月附の公約書中に、原告主張のような公約條項の記載があることは認めるが、その余の事実はすべて爭う。原告の身分は傭人であるから、被告との関係は私法上の雇傭関係であり、これを解雇することは知事の自由裁量行爲に属し、原告はたゞ労働基準法第二十條所定の保護をうけ得るにすぎないと述べ、抗弁として、本件解雇は、行政事務の都合上、知事の自由裁量によつてされたもので、定数條例とは関係がないのであるが、尚、以下に述べる正当の事由に基くものであるから、何れにしても之を違法とする理由は一つも存在しない。即ち原告は、その職務である自動車修理業務に何の関係もないのに、專ら個人的感情からその上司である公共事業部中垣課長の排斥を計り、無謀にも直接知事に書面を提出して、同課長の解任を要求し、且つ、同課長の就任を斡旋した佐藤事業部長にも、一半の責任があるとして、同部長に対して反抗的態度をとつた外、同僚の現業職員に対しては原告の意に從わぬ者について解雇の手段を講ずるなど、とかく專横な行動が多く、原告がこのまま勤続するならば、結局職場の秩序が紊れ、事業能率が低下することは明瞭であつたから、被告は之を解雇したのであると主張し、以上の理由により本訴請求は失当であるから、棄却を免れないと述べた。(立証省略)
四、理 由
原告が昭和十五年六月二十八日から長崎縣公共事業部に修理工として勤務していたこと、同二十四年七月二十九日從業員労働組合組合長に就任したこと、毎月原告主張通りの給與をうけていたこと、同年九月二十八日被告から解雇されたことはすべて当事者間に爭がない。
そこで、原告主張にかかる前記(一)の点について考えるのに、先ず本件解雇が長崎縣職員定数條例の適用によるとの点については、成立に爭のない甲第一号証の二によれば、原告に対して昭和二十四年九月二十八日附で、長崎縣総務部長から、「長崎縣職員定数條例施行に伴い退職する職員に対して支給する退職手当に関する條例」による退職手当を支給する旨の通知があつたことが明瞭であり、之に証人佐藤重光(第一回)小篠有義、河田公明の各証言、同岡沢杉之助の証言の一部、原告本人の供述を綜合するときは、原告に対する本件解雇は、長崎縣職員定数條例附則第三項による、過員の整理としてされたものと認めるのが相当である。尚、被告において、定数條例による整理期間内の被解雇者は、條例の定数に対する過員と同数の四十名で、この中には原告も含まれている旨の陳述をしていることも、亦右認定を裏書するものということができよう。從つて、原告の主張はこの点に関しては正当というべきであるが、しかしながら、進んで、右條例の適用が不当であるとの点については、右條例案の縣議会上程に際し、知事が同案の説明として、原告主張の様な言明をしたことは当事者間に爭がないけれども、右言明は飽くまで説明としてなされたものであるから、之を以て直ちに、知事が公共事業部現業職員に対し、右條例による解雇をしないことを約した公約であり、之によつて知事の右現業職員に対する解雇の権限が制限されたものと解するのは余りにも早計であるし、又斯様に解しなければならない理由も全くないのであり、更に定数條例の定数に対する縣職員の過員が四十名であつて、條例による整理期間中に之と同数の職員が解雇されたことは当事者間に爭がないが、原告が右四十名の被解雇者中に含まれていないとの事実については、証人藤本進の証言、原告本人の供述は、ともに証人岡沢杉之助の証言に照らして直ちに信用し難く、他に適確な証拠も存在しないから、右の事実は之を認めることができない。從つて原告の主張は結局その理由がなく之を採用することはできないのである。
よつて次に、原告主張にかかる(二)の点について考えるのに、先ず、地方公務員である縣の雇傭人の解雇については、法令に明文の規定がないので、任免権者である知事の自由裁量によつて、之を解雇しうるのかどうか明瞭を欠くが、国家公務員法がその第七十五條で一律に国家公務員について、その意に反して免職されないとする原則を規定し、その第七十八條で、同條各号に定める場合に限り右の例外とし得ることを規定していることに徴すれば、地方公務員である雇傭人と、国家公務員である雇傭人とを、解雇の制限の点において差別すべき特別の理由が見出されない以上、地方公務員である雇傭人についても、前掲国家公務員法第七十八條各号の規定に準ずる、正当な事由のある場合でなければ、その意に反して之を解雇し得ないものと解するのが相当である。之を本件についてみれば、前段認定のとおり、原告は定数條例による過員として解雇されたものであるから、原告について、前掲国家公務員法第七十八條第一号乃至第三号の規定に準ずる、正当の事由に該当する事情があつたかどうかが問題となるわけである。よつて、之を檢討するのに、証人佐藤重光(第二回)岡沢杉之助、前田鉄男、大野寅之助(第二回)小森治郎一、河田公明、藤本進の各証言、及び原告本人の供述、証人藤本進の証言によつて眞正に成立したと認める甲第七号証、原告本人の供述によつて眞正に成立したと認める甲第八号証を綜合すれば、次の様な事実を認めることができる。即ち、公共事業部が画期的な事業拡張に直面していると考えている一部職員は、中垣業務課長の勤務ぶりが消極的であるとして、之を慊らず思つていたこと。昭和二十四年四月頃大野総務、小柳経理両課長が右の不満の空気を察知して、佐藤事業部長に善処方を要望したこともあつたが、佐藤部長は中垣課長を適任者と認めていたので、業務課長の更迭は実現の気配もなかつたこと。中垣課長を最も不適任と考えていた原告は組合長に就任した直後の同年七月末頃、組合各支部に対して事業部理事者に対する不満或は要求の発表のための職場大会開催を指令し、右指令に基く大会は同年八月頃、相次いで各支部で開かれたが、すべての支部組合員の意見を取纏めて結論を出すまでには、前後一ケ月余りを要したこと。原告の発意により、同年八月末頃知事宛の陳情書が作成提出された(これが提出されたことについては当事者間に爭がない)が、その作成提出について、原告は之を少数の組合幹部には諮つたけれども、一般組合員に対しては彼等に動搖を與えることを惧れて、之に附議することなく実行に移したこと。右陳情書による陳情の要旨は事業部の幹部殊に業務課長の執務が消極的であるために、從業員の労苦は一向実を結ばず、公共事業部の事業の経営も順調に行かないから、即刻業務課長の更迭を要求するというのであり、なおその一部には「特に業務課長にありては、無爲無策何等なすところを知らず、徒らに長崎営業所に赴いて一日を糊塗し、その細事を指導するに過ぎず、部下を掌握する才能なく」との文言が記載されていることを、夫々認めるに十分である。そこで右認定事実に基ずき、原告のとつた行動について考えるのに、原告は労働組合長であるから、組合を代表して知事と交渉する権限を有することは勿論であるが、昭和二十三年政令第二百一号第一條にいう「苦情、意見、希望又は不満」とは、凡ゆる事項についてのそれを意味するのではなく、労働組合法第一條、第二條、国家公務員法第八十六條等の趣旨に從い、主として労働條件の維持、改善、その他労働者の経済的地位の向上に関する事項についての苦情意見等を指すものと解すべきであるから、本件において、中垣業務課長の存在が、客観的に見て、組合員の労働條件に不当に惡影響を及ぼすとか、その経済的地位を不当に低下するとか、或はこれらの虞があるということであれば格別、原告が陳情の趣旨とするところの、單に同課長の勤務ぶりが消極的であるからその更迭を求めるという様なことは、本來原告が組合の代表者として交渉し得ない事項に属するものと謂わなければならぬ。もし此の様な理由を論じて、労働組合が課長の進退について交渉できるとするならば、行政事務の秩序が混乱し、收拾がつかなくなることは明瞭であろう。斯様に、原告はその介入すべきでない事項を理由として、上司の解職を要求したものであるが、尚その要求に関して、多数組合員の同意を得ていないのに敢て之を実行したこと、直近の上司である事業部長を経ず、直ちに知事に陳情したこと、中垣課長に対する人身攻撃的文言を用いたことなどの事情があることを考え合せれば、原告の行動は労働組合の正常の目的を見失い、地方公共団体の秩序を無視した不当なものということができるのであつて、結局原告は、地方公共団体の業務の円滑な運行を阻害し、且つ、その虞ある人物として、縣職員としての適格性を欠くとの認定を甘受すべきであろう。從つて被告の抗弁はその余の事実に対する認定をまつまでもなく、その理由があるものということができる。原告は、原告の行動が正当な組合活動であると再抗弁するが、已に判断した様に、右は正当な交渉権限の行使とはいえないのであるから、右再抗弁は採用の限りでない。
次に、本件解雇の手続が公約に違反するとの原告の主張については、なるほど成立に爭のない甲第五号証、及び証人大野寅之助(第一回)の証言によれば、昭和二十四年八月、佐藤公共事業部長と從業員労働組合長である原告との間に公約書が取交され、右公約書には、公約條項の一として、「從業員の人事賞罰異動任免に関しては、決定前組合の意見を参考とする」との記載があることが認められるが、右條項が之に反する処分をすべて無効とする程の強い効力をもつものであるとは、他の四條項と比較対照した場合、之を肯定するに困難であり、尚、その他本件全立証によつても、之を認めるに十分でないから、原告の右主張は、この点において既に失当である。
以上要するに、本件解雇は長崎縣職員定数條例の正当な適用による、適法相当の処分であつて、之を無効とすべき何等の理由も認められないから、本訴請求は失当として之を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 厚地政信 亀川清 吉江清景)